12月19日は高校生の表参道デモに参加しました。
(写真はパソコンで見ることで高精細な画像でご覧になっていただくことが出来ます)
新宿代々木公園より出発するノリノリなサウンドカー、高校生や一般の方々と共ににデモに参加。
高校生達が生き生きとデモをする様子を参加者視点で撮影してみました。
可愛らしいデモ参加者(*´∀`)
・福島の高校生 まりあさんのスピーチ
初めましてこんにちは、高校三年のまりあです。
福島県から夜行バスに乗って、今朝がた東京に着きました。
このような場でスピーチをするのは初めてなので、少し拙いかもしれませんが聞いて下さい。
私は9月19日に強行採決された安保法制に反対です。
なぜなら、政権は70年間変わらずに守られてきた憲法9条の解釈を変えてまで海外に行って、
戦争の後方支援を行うことを積極的平和主義と言っていますが、
私にはむしろ平和の真逆の行動だと思うからです。
戦争の後方支援をすることで日本は今までよりも戦争やテロに近づくことは目に見えています。
これのどこが平和なのでしょうか?さらにこの法制は多くの学者が口を揃えて言うように違憲であります。
もはや、この法制によって、日本の最高法規である憲法の存在意義すら薄らいでしまったのです。
本当に法案を成立させたいと思っていたのなら、解釈変更で無理やり通そうとするのでなく、
きちんと国民投票での憲法改正というプロセスを踏んでから成立させなければいけません。
私の目には姑息にずる賢く法案を通そうとしたようにしか映りませんでした。
東日本大地震、そして東京電力福島第一原子力発電所の事故による一連の被害を福島県で経験した6年近く前から、
私は政治に対してネガティヴなイメージしか持てなくなってしまいました。
当時13歳だった私は政治や原発の仕組みについてなんてほとんど分からなくて、
周りにいる大人たちの会話を聞くことで社会でいま何が起きているのかをただイメージしていました。
避難勧告や除染作業を始めとする事故対応の遅さ。度重なる汚染水漏れの隠蔽。
私の周りにいた大人たちは、そんなニュースを見ては、不満や愚痴や批判や嘆きばかり。
そのなかで育った私は、いつの間にか、この否定的な政治を受け入れるしかないと思い込んでいました。
しかし、ある日たまたま見ていたニュース番組に映り込んだSEALDsそしてT-nsSOWLによって、この私の前提はガラリと変わりました。
当たり前のことですが、アクションを起こさなければ現状を変えることができないのです。
政治に目を向け一人一人思考することはもちろんのことですが、その上で意思表明するためには、
私たちは政治的アクションをとる必要があります。
その方法として一番知られているのは選挙ですが、今日のようなデモだって、日本ではまだまだ認知度は低いけれど、
今ある民主主義制度の欠点を補う有効な手段だと思います。
選挙でマジョリティの意見ばかりを尊重していては、社会的な立場の弱い人々の声が聞こえなくなってしまいます。
しかしデモは、どんな声だって等しく社会に訴えることが出来ます。
原発事故も、安保法制も、どちらのイシューも日本国内で起きたことです。
もっと多くの国民が、高校生が、賛成反対に関わらず意思表明のためのアクションを起こすべきです。
そのために、デモという手段がもっと私たちの日常に広まれば、
みんなが声を上げやすくなるのではないでしょうか。
私はデモに参加し続けます。友達にデモのことを伝えるのは少し勇気がいるけれど、
絶対に必要だと思うのでやめません。
そしてこれは全国の高校生に言いたいことです。どんな方法でもいいから、意思表明を始めましょう。
一度でもいいから、デモや集会に参加してみましょう。少し勇気を出して、声をあげましょう。
政治は難しいけれど、政治は私たちが動かさなくてはいけないのです。
大切なことは、あなたがどう思って、あなたがどう行動するかです。
政治をネガティブに見ることをやめて、現実を直視した上で、
ポジティブに思考し想像して行動を起こしていくことで、
私たちの未来はより良くなっていくと、強く信じています。
平成27年12月19日、私は安保法制の廃止と、この法制を強行採決した安部政権に退陣を求めます。
(思ったより早く暗くなり、暗い望遠レンズはこの辺りで死亡orz)
・ちるさんのスピーチ
学校の友達や知り合いの大人にたまに聞かれる質問があります。「なぜこのような政治的な行動をしているのか?」
つまり現在多くいる政治的な行動をしない高校生と自分との間にどのような違いがあるのか。という事です。
その度過去を思い返し、答えを探してみても、思い当たる特別な体験、特別な思いは見つかりません。
私が社会に興味を持ったきっかけは、私の周りにたまたま社会に対する関心の高い人が多いというだけの理由から、
社会に関する本を読み、社会について学ぶようになったことです。
私と多くの高校生の間には、社会に対するアクセスが多いか少ないか、それだけの違いしかないと思っています。
そうしてそれをきっかけに学ぶ中で、今まで完成されたものだと思ってきた社会は、本当は当たり前に不完全であり、発展途中である。
政治家だけがするものだと思ってきた政治も、何かを良くしようとする行動はずっと昔から至る所で当たり前に行われてきたことである。
と考えるようになった時、現在の社会に対して批判をし、発展を求めることは私にとって普通のことになったのです。
しかしそんなことを言っても、実は、私はあまりこのような場で自分自身の意見を主張することは好きではありませんでした。
今でもSNSで意見を発信することは出来ていません。理由は、批判されることが怖いからです。
勉強し、「以前の自分は何も知らなかった。今の自分も何も知らないはずだ。」と感じる度、
何も知らない、不完全な自分の考えを晒すことが、怖いと、思い続けてきました。
しかし、今年の夏の初め、安保法制をめぐる運動の中で、「完全に分かるまで何もしないのでは、
一生何もしないことになる。」と思い、少しずつ、自分の意見を主張し始めました。
そのうちに、批判を恐れずに自分の意見を主張している人をカッコ良いと思うようになりました。
今は、間違っていることは当たり前で、批判されることも当たり前なのだから、
民主主義はそれを前提とした考え方だと思うから、
間違っていること、批判されることは恐るべきことではないと思っています。
自分で判断し、主張し、関わり合うことで社会は良くなると思うから、
批判をされないことよりも、自分で学び考え、そして判断し続けること、主張し続けることに意味があるのだと思っています。
確かに、民主主義はこれだって思うのです。
安保法制は、憲法や国民の声を蔑ろにして成立された、立憲主義、民主主義を崩壊させるものです。
戦争につながり、多くの人が殺し殺されることに加担するものであり、また、私の友達も戦場に連れて行ってしまうものです。
成立されたことで、日本の平和ブランドを更に傷つけ、海外で活動する人、
またそれだけでなく、日本国内に居る人を危険に晒すものです。
だから私は今、安保法制は、存在するべきではない、という判断をしました。
そしてこれからも、学び考え、そして判断し続けます。主張し続けます。
2015年12月19日、私は堂々と安保法制に反対します。
(AMINさんという方、いつもコチラをカメラ目線で見てくださる熱い方です(^^ゞ ブログ見てくれると嬉しいなぁ)
・あずさんのスピーチ
私は今年の7月まで約1年フランスに留学していました。
たくさんの経験をした留学でしたが1番自分が影響を受けたのがイスラム教を風刺した新聞社が
イスラム教徒から襲撃されたというシャルリエブドーの事件です。
この事件をきっかけに私は二つのことを学びました。
1つ目はデモに対しての自分の考えです。その日の夜にフランス全域で表現の自由を求めるデモが行われていました。
彼らの暴力に屈しない、表現の自由は自分たちで守る。という固い意志が私の目には写りました。
フランスで自分たちの権利を守るために立ち上がった人たちはそれまでデモってなんの意味があるのだろう、
と思っていた私に考えるチャンスをくれ、そしてここに立たせてくれています。
デモは確かに人の気持ちを変える力をもっているのです。
2つ目はそれまでの自分のものの見方が変わったことです。この事件があった時ホストファザーからこんなことを言われました。
人を殺してはいけない。だけどこれでイスラム教徒のことを嫌いにならないで。
あなたの学校にいる友達はみんなきっと平和を願っている。
イスラム教は平和を望む宗教だよ”私はこの言葉を聞いて偏見や固定観念で相手を判断することが
どれだけ馬鹿げたものなのかということに気づきました。
しかし今回のフランスの無差別殺傷事件への対応は私たちに考える機会を与えてくれませんでした。
フランスはデモを禁止してそしてすぐにISISを空爆し始め、私たちにISISは悪だ、
そしてイスラム教は危険だ、という印象を植え付けさせました。
しかし考えてみてください。なぜ難民が増え続けているのか。
なぜ憎しみ合いのテロがなかなか終わらないのかを。
それは、一般市民を巻きこんで武力で解決させようとするからです。
何の罪もない人を巻き込み、争いを繰り返すからいつまでも憎しみがなくならず、
テロという脅威がなくならないのではないでしょうか。
日本も他人事ではありません。9月19日に強行採決された安保法制で日本は安易に他国と争うことができるようになってしまいました。
テロを防止するには抑止力は必要だ、とおっしゃる方もいるかもしれません。
しかし今このような国際情勢は”武器は抑止力になる”と言った人たちが作ったものなのではないのでしょうか?
他国と武力に最初から頼ろうとする安倍政権が理解できません。
本当に平和な世界をそして誰もが平等で幸せな世界を築くことに絶対に安保法制は役に立ちません。
そして私はもう一つ安倍政権に対して許せないことがあります。それはメディアを抑制しようとする動きです。
私が留学していたフランスでは表現の自由がとても尊重されていました。
日本では考えられないと思いますが、フランスで1番有名なテレビ局では
毎日ゴールデンタイムの時間帯に政府を風刺するパロディが放送されています。
オランド大統領や大物国会議員が話している映像にセリフを付けて政府を批判するというとてもユニークな番組です。
フランスに着いた頃はこんな番組よく放送できるな…って思っていました。
けれどフランスの生活に慣れていくにつれてこれはフランスが特殊なのではなくて
メディアが政府を批判することすらできないような日本がおかしいのです。
政府を批判するだけで番組を降板させられたり政府与党から直々に圧力がかけられるなんて
私は何時代を生きているのだろうと思っています。
憲法にはきちんと知る権利が国民に与えられているって書かれていますよね?
安保法制だけでなくてここでも憲法を違反するつもりですか?
私達はもう我慢の限界です。まず第一に日本の憲法と国民を守ってください。
2015年12月19日、私は日本の平和と憲法を守らず日本国民から目をそむける安倍政権に即刻退陣を求め、
そして世界の平和をかき乱す安保法制の廃止を求めます。
・のぞみさんのスピーチ
8月30日に国会前で声をあげた日から約3ヶ月が経とうとしています。
国会前のデモや説明不足だと指摘されながらも安保法制が強行採決し、
成立してしまいました。この時の怒りは今も続いています。
安保法制は世界で一つしかない憲法9条に違反していて、集団的自衛権により戦場へ行き、
死と隣合わせになり「戦争しない国」から「戦争ができる国」になってしまいます。
武力で物事を解決するのではなく、話し合いやお互いの個性を尊重しあうことこそが大切だと思います。
自分と同じ人間が人間を殺すようなことはあってはならないのです。
私は中学校の卒業論文で「ナチスとユダヤ人」をテーマに卒業論文を調べました。
ヒトラーの独裁政治はナチスの労働提供、反ユダヤ主義、鎮圧により ナチ党が権力を握り成り立ったと考えました。
ナチ党は世界大恐慌で失業した多くのドイツ国民に労働提供をし、1つ1つの選挙で基盤を固めながら、影響力を広めていきました。
そしてナチ党が政権を握った頃には反ユダヤ主義が広がりいつの間にかドイツ国民は政府に向け、
声をあげることも意見を言うこともできませんでした。
鎮圧されてしまうか、殺されてしまうからです。当時の牧師マルティン ニーメラの詩の一部を読みます。
『ナチスが最初共産主義者を攻撃したとき、私は声をあげなかった。
私は共産主義者ではなかったから、彼らが労働組合員達を攻撃したとき、私は声をあげなかった。
私は労働組合員ではなかったから。そして、彼らが私を攻撃したとき、私のために声をあげるものは、誰一人残っていなかった。』
この詩から第二次世界大戦中のドイツはヒトラーの考えに背く人から鎮圧し自分に関係のないことだと放っておいたら、
だんだんと周りが鎮圧され次第に政治に声をあげることもできず、 鎮圧されることが国民全体に広がっていく恐怖になったことがわかります。
安倍総理も、アベノミクスでの企業への応援、盗聴自由法案及びヘイトスピーチ法での政府に対するデモや意見を発することの禁止、
憲法改正 そして安保法制など 少しずつ新しい法を作ったり改正したりと影響力を広めていき、
ヒトラーのような独裁政権を握ろうとしているように思えます。
でも、今の日本と当時のドイツでは異なることがあります。
それは、今このようなデモなどで政府に向け自分の意見を言え、声をあげることができる自由があります!
そしてこんなに沢山の人が声をあげています!ここが当時のドイツとの大きな差だと思います!!
鎮圧されてからでは遅いです!私達はこれからも安倍総理に自分の考えを持ち意見を言い続けることが大切です。
そして戦争という同じ過ちを繰り返さない為にドイツのように日本も歴史に背を向けず向き合うべきです!
最後に安保法制は私たちの未来に関わることです。戦争に行くのは私達です。
私達の未来をそして運命を戦場に行かない安倍総理や、与党の人たちに決められたくないです。
ヤバイって思った頃には自分が戦場に行ってるかもしれません。
みな家族や、友人、恋人、大切な人が自分の周りにいて、平和や幸せが保たれています。
この当たり前の生活や大切な人を戦争で失うのは絶対に嫌です。戦争は幸せや喜びそして平和も生みません。
私は安倍政権の政治の行いに不安と怒りを覚え、独裁国家を防ぎ、ヒトラーが犯した過ちを日本でも繰り返さない為に、
そして平和なこの日常や幸せを保つためにこれからも私は声をあげていきます。
2015年12月19日私は安保法制に反対し、安倍総理の退陣を求めます。
主催者や参加者の皆様、寒い中お疲れ様でした(*´ω`*)
高校生たちの頑張りにエネルギーをもらった週末でした。
若者たちの頑張り、是非みなさんも実際に参加して感じてみてください。感動しますよ!!
それでは本日はこの辺で・・・。
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